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「黒南風の海」伊東潤(書評)

秀吉の二度に渡る朝鮮出兵を小説化。


先兵となった加藤清正の部隊を中心に、豊臣家中の勢力争い、大義なき戦略戦争に臨む兵士たちの心情、両国に明を加えた当時の複雑な外交バランス等といった要素を織り込みながら話は進む。清正はともかく三成や行長までもが秀吉を欺いてまで収束させようとしてて、誰も望まぬ戦いだったことがわかる。加えて清正の配下ながら訳あって敵方に降った沙也加(不知だったが実在の人物)の存在がよいアクセントとなっている。


マニアックな題材だが、それなりに資料もあり史実が相当に盛込まれてる印象の良作。

「バイエルの謎」安田寛(書評)

ピアノを習う殆どの子供が最初に手にする教則本バイエル。ただそんな状況にあるのが日本だけだということ、何よりバイエル自身の情報が殆どないこと等に疑問を感じた筆者が彼の足跡や功績を探しに世界各地を巡る。


そもそも彼が存在したことすら否定するような「チェルニーのセカンドブランド」説、「複数人でのペンネーム説」等を持ち出し(過去にも諸説あったらしい)散々謎めかした挙句、最後の最後で死亡時の戸籍記録と詳細な新聞特集記事というあまりにもドンピシャな資料が出てくるっていうのがなんかワザとらしくて読後感悪い。


バイエルの謎: 日本文化になった教則本 (新潮文庫)

バイエルの謎: 日本文化になった教則本 (新潮文庫)

「小説 新聞社販売局」幸田泉(書評)

半沢直樹風の勧善懲悪企業小説の体を装っているが、実体は元記者による業界批判&暴露本。


自社に批判的な記事を書いたことで上席に疎まれ販売局に放出という自身と全く同じ設定の主人公に、自身がなし得なかった社内不正の摘発や元上司への仕返しをさせて憂さ晴らしまくりで気持イイ。


しかし押し紙(販売店に対する割増仕入の強制)は実売の4〜5割増しに達し、当然に発行部数はその分上乗せして公表され(寧ろそれが目的)、支払が滞る販売店が増え、それを隠すために社員が立替え、そのカネの手当のために‥ともう完全に詰んでるな新聞。



小説 新聞社販売局

小説 新聞社販売局

「カルチャノミクス」エレツ・エイデン他(書評)

    googleがスキャンしまくった数百年分の書籍DBを用い、特定の単語がそれらの書物に出現する頻度を分析するとどんなことを明らかにできるのか。
    冒頭の「不規則動詞」では、昔は不規則動詞だったものが年月をかけて使用頻度の低いものから順に規則動詞(過去形で語尾に-ed)に変わっていく様子や、現在使用頻度の高い動詞は全て不規則動詞であること等を実証している。
    次章以降も、「辞書」が載せるべき単語を正確に選別できているか等を検証したりしてて最後まで飽きない。読み応えあるのにこの手の翻訳本にしては読みやすい良書。

カルチャロミクス;文化をビッグデータで計測する

カルチャロミクス;文化をビッグデータで計測する

「さかしま」梁石日(書評)

    ユイスマンス「さかしま」のついで読み。

    終戦直後の大阪を舞台にした連作短編2本同じような雰囲気の短編数本。

    誰もがその日を生きるのに精一杯の状況下、友情とか正義とか理性といったものは遠くに追いやられ、追いやらなかったものは者は追いやった者にこんな目に合わされるみたいな話で読むのが辛い。追い打ちをかけるように、焼き尽くされた街並みとか朝鮮人との諍いとか闇市とか野良犬とかリヤカーとかいったアイテム群がストーリー全般にばら撒かれていて読み手の気分をどんよりと沈ませてくれる。
    そろそろユイスマンス読むか…

さかしま

さかしま


「さかしま」藤田宜永(書評)

    ユイスマンス「さかしま」のついで読み。

    夜の銀座を舞台にしたミステリー。かつて同じ店に在籍したホステス2人が連続で殺され、関与が疑われたその店のバーテンが自ら真相究明に乗り出すが…

    謎解き要素にそれほど惹きつけるものはなく、ホステス達の日常やそこに通う客の思惑等水商売の描写に詳しいかといえばそこも期待した程ではないが、昭和を感じさせる舞台と登場人物のおかげでまあそれなりには楽しめた。

    この人の作風はよく知らないが、「男性の主人公が女性に囲まれる昭和っぽい作品」なら一昨年の「女系の総督」の方が上。

 

 

さかしま (角川文庫)

さかしま (角川文庫)

 

 

「英国メディア史」小林恭子(書評)

 

英国メディア史 (中公選書)

英国メディア史 (中公選書)

 

 

    ルネッサンスにおける活版印刷の発明から、産業革命を経てインターネットの普及した現在に至るまでの英国内のメディアの盛衰史。

    まず「聖書」の印刷から始まることに軽く驚く。その後は当然に新聞⇨ラジオ⇨テレビ⇨ネットの順で登場してくるのだが、中でも入れ替わらずに最後まで出突っ張りの新聞の話が際立って面白い。新規参入が(海外からも含め)絶えないこと、ビジネスモデルが多岐に渡ること、新旧問わずパクリにも差別化にも積極的なこと等絶えず動きが激しくて、それ自体が物語として楽しい。

    翻訳本かと思ったが著者は日本人。

「朝日新聞〜日本型組織の崩壊」朝日新聞記者有志(書評)

 

朝日新聞 日本型組織の崩壊 (文春新書)

朝日新聞 日本型組織の崩壊 (文春新書)

    朝日新聞慰安婦記事捏造、吉田調書問題、池上彰コラム掲載拒否と不祥事が続いた背景について、同社の現役記者有志が明かす。

    曰く、「左翼」「リベラル」的な思想の持ち主はゼロではないが少数派で、消費増税改憲も賛成派の方が多く、むしろ問題は出世争いや保身を動機とした足の引っ張り合いやトップへの隷従といった大企業病であり、右とか左とか以前に「サラリーマン化してジャーナリズムを失った状態」らしい。

    真相に近くかつ立て直しはほぼ不可能と思わせる内容で、同紙のスタンスに批判的なはずの自分が一抹の寂しさを覚えるほど。

「でっちあげ―福岡「殺人教師」事件の真相 」福田ますみ(書評)

 

でっちあげ―福岡「殺人教師」事件の真相 (新潮文庫)

でっちあげ―福岡「殺人教師」事件の真相 (新潮文庫)

 

 

  気に入らない教え子に暴力暴言を繰り返しPTSDにまで追い込んだ悪魔のような小学校教師。母親の訴えに学校は迅速に対応するもマスコミが嗅ぎつけ話は全国に拡がり、市を相手取った訴訟では五百人の大弁護団が結成され…

    タイトル通り親の話は全て嘘。変な人オーラ出まくりの母親の話を校長に始まり教育委員会、マスコミ、医者や弁護士までが鵜呑みにし、1人の気弱な教師が社会的抹殺直前まで一瞬にして追い込まれていく様が恐ろしい。「真実を見極める」というレベルでなく、ごく普通に考えて「嘘つけ」と言えない大人が多すぎることに絶句。

「関東大震災」吉村昭(書評)

 

関東大震災 (文春文庫)

関東大震災 (文春文庫)

 

 

    関東大震災のいろいろ。
 
    二人の地震学者を主人公とした物語風に始まるが、次章からは被害の全体像から個別要因、二次的な災害や社会情勢の変化に至るまでを様々なデータや証言をもとに解説していく。
 
    地震よりも火事による被害が大きかったのは有名な話だが、避難者の運ぶ大量の家財が火勢を拡大させたとか、避難先のはずの工場跡地が丸々焼き尽くされたとか(死者3万人)、人災の側面がこれほど大きかったのかと嘆息。
 
    加えて、朝鮮人を巡るデマの背景、拡散の過程、何よりその結果の凄惨な事件の数々にかなりの頁数が割かれていて辛い。
 

「服従」ミシェル・ウェルベック(書評)

 

服従

服従

 

 

    2022年のフランスで、極右の台頭に対抗するように勢力を伸ばしてきたイスラム政党が左派と組んで政権を握る。一部では緩やかに一部では急速に国内のイスラム化が進み、その流れはいともたやすく国境を越えていく…

    同国の内情や米大統領選の候補者等を見てれば間違いなくタイムリーかつ面白い設定のはずなのに全体的にイマイチ。個人的には全く興味のないユイスマンス(知らなかった)他のフランス文学への考察が邪魔なのと、イスラム化が進むところの描写が拙速かつ淡白なのとが原因か。

    タイトルにも関係する衝撃的なラストはなかなか。

「誰も知らない男 なぜイエスは世界一有名になったか」ブルース・バートン(書評)

 

誰も知らない男 なぜイエスは世界一有名になったか

誰も知らない男 なぜイエスは世界一有名になったか

 

 

    元広告マンが、イエスを神や預言者としてでなく一人の人間として評価するという罰当り?な企画。

    信仰の対象を①陽気で社交的(磔にされうなだれているイメージとの対比)②ディベートに強い&優秀な宣伝マン(言語感覚への評価)③成功した経営者(結果的に世界中に教えを広めた)として見直すと確かに面白い。元広告マンらしく、特に②における考察は見事。一方で③についてはチープな自己啓発書っぽくて辟易。

    一番ウケたのは、イエスが生まれる晩に部屋を探していた身重のマリアを追い返し、格好の宣伝ネタを逃した宿屋の主人の話。

「香港 中国と向き合う自由都市」倉田徹他(書評)

 

香港 中国と向き合う自由都市 (岩波新書)

香港 中国と向き合う自由都市 (岩波新書)

「植民地でありながら自由と経済発展を謳歌する香港」と「一国二制度下の香港」との間で何がどのように変わったのか、三者(中、英、住民)はそれぞれどんな思惑で動いたのか。

    英国と中国のつばぜり合いも其々がしたたかで十分に面白いのだが、それ以上に住民についての分析が興味深かった。元々本国からの難民であった彼らが対極にあるような英中の政府をどう見てきたかとか、今でこそデモを繰り返す彼らが元々は政治から距離を置いてきたこととか、それらとも絡めて彼らのアイデンティティーはどうだとか、マンゴープリンとか杏仁豆腐とか。

「ベストセラーの世界史」フレデリック・ルヴィロワ(書評)

ベストセラーの世界史 (ヒストリカル・スタディーズ)

ベストセラーの世界史 (ヒストリカル・スタディーズ)

    過去のベストセラー本の紹介ではなく、ベストセラーという現象そのものの歴史。言葉の再定義に始まり、国や言語による差異、印刷技術の発展、検閲・弾圧等の影響、編集者の専門性の向上、広告等々…様々な要素が書籍の販売部数にどのような影響を与えてきたかを辿る。

    目から鱗が落ちたり思わず⚪️⚪️するような話は数えるほどしかなかったたものの、具体的な作品名、著者、内容、その背景を絡めて解説されればそれはそれで楽しく、取り上げられた作品自体には殆ど興味が湧かなかったほど。しかし本をヒットさせるのもそれを防ぐのも難しい。

「1行バカ売れ」川上徹也(書評)

1行バカ売れ (角川新書)

1行バカ売れ (角川新書)

    世の中を変えた、あるいはそこまでいかなくてもそれまで注目されなかったモノを一気にヒット商品に押し上げた名コピーの数々を類型化しながら解説。

    まあありがちな本だし個人的にはコピーなんて九割九分センスであって法則なんてモノは後講釈でしかないと思っているが、そこそこの成果を出すとか身近なところに役立てる程度であれば、所謂「法則」を意識することで勝率を上げることはできそうだ。

    それより何より、やはりデキのいいコピーは見るだけで楽しい。