「鳩の撃退法」佐藤正午(書評)

鳩の撃退法 上

鳩の撃退法 上

鳩の撃退法 下

鳩の撃退法 下

娘に下の名前で呼び捨てられる男と落ちぶれた直木賞作家の出会いから、ピーターパン、デリヘル、不倫、ヤクザ、偽札等が絡み合い、収拾つかないレベルで話が散らかっていく。


前半は頭こんがりながらもワクワクが勝ってなんとか読み進められるが、後半はばら撒かれた伏線を無理やり回収しようとしてグチャグチャ。また、現在と過去を行き来する書き方はもう珍しくないが、戻る先がバラバラなせいで読みにくさを増幅させている。


ちなみに「鳩」は贋札の隠語、糞害に悩まされているマンション住人に知恵と勇気を与えてくれる本ではなかった。

「スクラップ・アンド・ビルド」羽田圭介(書評)

要介護の祖父に対し、何もかも手を貸してあげようとする孫と「自分のことは自分でやれ」と突き放す母親。それぞれ「早く安楽死させてあげたい」「早く死にやがれ」と、ともに祖父の死を望みながら正反対の接し方を続けるのだが…


息子の方が主人公で(おそらく作家本人も)少し歪んだ性格の持ち主。低学歴やニートであることを卑下しながらも周囲に対し唾を吐きまくるのだが、歪んだ動機から始めたとある習慣が最後の意外なエンディングに繋がってて、「火花」目当てで買った文藝春秋でのついで読みだったがまあ楽しめた。

「ニュース・エージェンシー―同盟通信社の興亡 」里見脩(書評)

ニュース・エージェンシー―同盟通信社の興亡 (中公新書)

ュース・エージェンシー―同盟通信社の興亡 (中公新書)

日本の通信社の歴史。

維新後に乱立した通信社の中で電通(広告業と兼業)と国際通信社の2社が勝ち残る→政府含めた各方面の様々な思惑から両社は統合され、電通の広告部門は切り離される(現電通)→戦時下で政府関与が強まっていく→敗戦後2社(共同と時事)に分割


と史実はこんな感じだが、元の電通と国際の収益構造の違いとか、統合に際しての各々の事情とか、ロイターやAPは戦時下でどう振る舞ったとか、戦後2社に分割した背景とか色々興味深い。


釣りタイトルも使わず、学術的な話をコンパクトに学べる新書のお手本的な本。

「不格好経営―チームDeNAの挑戦」南場智子(書評)

DeNA創業者南場智子女史の手記。会社の成立ちから現在までの成長&混乱の軌跡が面白おかしく描かれていて、彼女自身が賢くて明るくてアホで優しくて魅力溢れた人であることが文章からよく伝わってくる。


ビジネス本・経営者本は基本的に嫌いで本書も積極的な理由から手にした訳ではないのだが、純粋に読み物として面白かったのと、仕事面でもいくつか気づきを与えてもらって拾い物した感じ。


欲を言えば、公取に黒判定されたグリーとのSAP囲込み合戦や社会問題化したコンプガチャ問題の実情についても赤裸々に語ってほしかった。

「火花」又吉直樹(書評)

 

火花

火花

 
 

 超話題作につきあらすじ省略。

現代の東京(但し冒頭のシーンは熱海)を舞台に、しかも20代の若者を主人公に据えて純文学に仕上げたのは見事。「携帯電話」「漫画喫茶 」という平成生れの単語がなぜか赤茶けて感じられるほど全体的にノスタルジックで、わかりやすいストーリーよりもそんな文学っぽさに浸って楽しんだ。

 重要な登場人物「師匠」を勝手に大御所クラスと想像してたら「破天荒だが歳は主人公とさほど違わぬ若手」で肩透しを食った。それはそれとして、天才肌という設定にも関らず彼の台詞が大して面白くないのはどうかと思う。

「画家たちの戦争」神坂次郎他(書評)

画家たちの「戦争」 (とんぼの本)

画家たちの「戦争」 (とんぼの本)

軍の意向を受けて、あるいは自主的に、プロパガンダ目的の戦争画を描いてきた画家達の作品とその背景の解説。


戦争とはいえ目を背けたくなるあるいは涙を誘うような作品は殆どなく、一方で目的の割に必要以上に軍人や飛行機をヒロイックに表現するでもなく、純粋に芸術作品として鑑賞できた。


解説文を読む限り軍が積極的に画家を従軍させたのは太平洋戦争のみで、その際も書きぶりについての細かな指定や注文はなかったようで、画家の側も反戦等のイデオロギーよりも芸術家としての本分に忠実だった様子。


早く竹橋に現物を見に行きたい。

「共喰い」田中慎弥(書評)

共喰い (集英社文庫)

共喰い (集英社文庫)

父の歪んだ性癖を嫌悪しつつも、年上の彼女との情事の中で自分が同じ衝動を抱えていることに気づく主人公の少年。彼女と距離ができ、自己嫌悪に陥ると同時に押さえきれない性欲に苛まれた彼は父の通う売春宿の女の元に、そしてそこから話は思わぬ方向へ…


無地の紙に2Bの鉛筆で書くという「昭和の文豪」スタイルのとおり、「純文学」の香りが充満。舞台設定その他外形的なところもあるのだろうが、そういうもの(流行りモノでないちょっと上等に感じる小説)を狙ってでなく自然に書いてる感じ。


当時物議を醸した2012年芥川賞受賞作品。

「チャイルド44」トム・ロブスミス(書評)

チャイルド44 上巻 (新潮文庫)

チャイルド44 上巻 (新潮文庫)

チャイルド44 下巻 (新潮文庫)

チャイルド44 下巻 (新潮文庫)

二次大戦後間もないソ連スターリン体制下の国家保安庁でエリートコースを歩む主人公。部下の計略によって特権階級から引き摺り下ろされるが、追いやられた僻地の町で起こった殺人事件をきっかけにかつて自分が犯した過ちに気づき、それを正すため命がけの戦いを始める…


導入部の二つの小話でソ連の自然の厳しさと体制の異質さが読み手に強くインプットされ、その後の展開で味わう恐怖を上手い具合に増幅しやがりまくる。


そんな中にあっても、繰り返し強調される主人公の妻の美しさに妄想と**を膨らましたのは自分だけではあるまい。

「ペルセポリス イランの少女マルジ」マルジャン・サトラビ(書評)

 

ペルセポリスI イランの少女マルジ

ペルセポリスI イランの少女マルジ

 

 

 

ペルセポリスII マルジ、故郷に帰る

ペルセポリスII マルジ、故郷に帰る

 

 

イラン人女性イラストレーターの自伝。

 

少女〜大人になるまでの期間がイラン革命〜イランイラク戦争湾岸戦争に重なってて、その中での学校生活の急変とか海外留学とかカルチャーショックとか差別とか、読んでくとイスラムとかイランについて「何となく」理解できた気になる。そして何より、宗教上のしきたりや戦時体制下の不条理に対ししたたかに(時に正面から)抵抗しつつ厳しい環境を生き抜く姿が胸を打つ。

 

と言いたい所だがノリは半分ギャグ漫画(半分シリアス)、名前が似てるとはいえ「イランのちびまる子ちゃん」とは言い得て妙。

「世界原子爆弾とジョーカーなき世界」宇野常寛(書評)

 

 ダ・ヴィンチに連載(2012〜13)されていたサブカル批評の書籍化。

 ジャンル不問の全12章のうち自分もある程度語れるホリエモン特撮博物館、大河「清盛」、小泉今日子&中井貴一最後から二番目の恋」だけツマミ食いしたが、定説の紹介に加えて裏読みし過ぎなのか本質を突いているのか微妙な感じのユニークな分析がチラホラ(そこかしこ、ではない)。

 他の章のいくつかは最初の数ページ読んだものの、最後まで読もうとかネタ元を見てみようとか言う気持ちにさせられるほどのツカミはなし。KS氏のレコメンドはもう信用しないw

「ヒトラー演説 - 熱狂の真実」高田博行(書評)

 

ヒトラー演説 - 熱狂の真実 (中公新書)

ヒトラー演説 - 熱狂の真実 (中公新書)

 

   ヒトラーの「演説」に焦点を当て、①彼がその技量をどう高めていったか②内容や言い回しをどう変化させていったか③それに対するドイツ国民の反応はどう冷めていったかを混ぜこぜ解説。

 ①は想定内のエピソードばかりだし、②は単語や構文についての細かな分析だがこちらも特段目を引くような話はない。興味深いのは③で、現在の北朝鮮にも通じる独裁と情報統制の下で国民のシラケ・嘲りといった感情の記録が豊富なことに驚く。

 何より、作者の最後っ屁「どんなに技量的に優れた演説も話し手への信頼がなければ全く意味をなさない」が重い。

「宰相A」田中慎弥(書評)

宰相A

宰相A

意味深なタイトルつけて、訴えたかったり表現したかったりすることがあったのかも知れないが全く伝わってこない。そもそも何の話かすらわからない。金はいいから時間返せ。


「自然のだまし絵 昆虫の擬態: 進化が生んだ驚異の姿」海野和男(書評)

外敵から身を隠すため、自然界の様々なものに身も心も?なりきった虫達の写真集。タイトルの「だまし絵」とはよく言ったもので、写真によってはどこにその虫がいるのかわからないものすらあった。


葉や枝はある程度想像していたものの(それでもそのディテールへの拘りやバリエーションの豊富さは想像以上)、新芽や花、挙げ句の果てには他の生物の糞にさえ化ける生への強い執着に驚くばかり。加えて、隠れるだけでなく敵を威嚇するための化けっぷりも見事。人面虫の完成度の高さはシーマンの比ではない。

「王妃の館」浅田次郎(書評)

 

王妃の館〈上〉 (集英社文庫)

王妃の館〈上〉 (集英社文庫)

 

 

 

王妃の館〈下〉 (集英社文庫)

王妃の館〈下〉 (集英社文庫)

 

 

もとはルイ14世の愛人宅だったという格調高いパリの老舗ホテルに、倒産寸前の旅行代理店がマル金&マルビの二つのツアーをダブルブッキング。二組の客に一つの部屋を互いに気付かせずに利用させるために、真逆の性格の二人のツアコンが四苦八苦…

 

ツアコンだけでなくそれぞれのツアーの客も背景ありまくりで、おまけに当館が愛人宅だった頃より伝わる秘話まで絡まって(これだけでも一冊分の価値有)、とにかくひたすら騒々しくて楽しい。ただそれがアダになって、そこそこきれいにまとめたはずのエンディングが物足りなく感じるのが残念。

「アンティキテラ 古代ギリシアのコンピュータ」ジョー・マーチャント(書評)

アンティキテラ古代ギリシアのコンピュータ

アンティキテラ古代ギリシアのコンピュータ

20世紀初頭、古代ギリシアの沈没船から当時の技術水準からは到底作り得ない多数の歯車を複雑に組み合わせた機械が発見された。本書はその後1世紀にわたり入れ代わりその正体を追った者達の軌跡。


発見当初はほとんど見向きもされず、その後一部のマニア学者が興味を持ち始めるもその用途どころか年代や製造地の特定すらできない状況が続く(正確には「有力な説が出ては数年後にはそれが覆され」の繰り返し)。機械の正体はそれほど驚かされるものではなく、むしろそれを巡って繰り広げられた人間ドラマの方を楽しむべきノンフィクション。